ネット喧嘩師クラスタで「辞書勢」と呼ばれる立場から自分で自分に反論してみた

ネット喧嘩師のなかの「辞書勢」と呼ばれる人たち

 ネット喧嘩師クラスタ(「喧嘩凸界隈」とも言われる)には、「辞書勢」というのがいる。まず読者には「ネット喧嘩師クラスタ」が分からないだろうと思うので説明すると、要は適当なテーマを設定してネット上で「議論バトル」している人たちの集まりを指す。議論にあえて「バトル」と本来は不要な付け足しをしたのは、一般的なネット議論クラスタツイッター論壇等)よりも勝ち敗けが強く意識されているからである。やや文化が違うのだ。

 そのネット喧嘩師クラスタの下位分類に「辞書勢」がいる。相手の主張に反論する際、その主張文の中で用いられている言葉の定義を尋ね、その回答と辞書的定義との齟齬を指摘して議論に勝とうとする人たちである。以前、私が記事で定議に関する持論を述べた時に紹介したきゃしゃん氏も、「テロリズム」について辞書を引いてきて何事か喚いていたから、彼がネット喧嘩師かどうかはともかくとしても、議論のやり方は辞書勢に近いと言えるだろう。

 私は辞書勢が「議論バトル」するところを実際いくつか見ているが、実力のほどとなると、どうにもお粗末である。正直にいえば、辞書勢については、テーマや論旨を無視し、重箱の隅つつきや揚げ足取りに過ぎない「辞書違反」を探す以外に一切の能がない連中という印象が強い。(私が辞書的定義を絶対視する必要はないと考えていることに関しては、前の記事で述べた通りであるから繰り返さない。)

 

辞書勢(Lunatic)の立場から考えてみる

 しかし、「辞書勢」に対する私の印象は、ごく少ないサンプルによって形成されているから、偏見である可能性も高い。そうひとくちに「辞書勢」といってもレベルの違いはあると考えるのが自然だ。辞書勢(Easy)は弱くても、辞書勢(Lunatic)は物凄く強いかもしれない。

 

 Lunatic辞書勢なら「テロリズム」の定義をどうすべきと考えるか。Lunaticといっても辞書勢は辞書勢であるから、「言葉は辞書の定義に沿って使うべきである」という確固たる信念を持っている。そうでなくては辞書勢たりえない。

 今回は、この信念から展開するであろう、私(手嶋海嶺)に対する最も強い反論を他ならぬ私自身で考えてみる。つまり、自我を分裂させて独り相撲をとる。

 

 ひとまず、きゃしゃん氏の以下のツイートを出発点としよう。

 

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 論証が弱いというより論証になってない。『日本独自の定義』は「独自」という言葉が「(テロリズムの定義が)他の国とは類似もしないオリジナルティあふれる」という意味なら確かにそれは存在しないと思うが、国語辞書を引いたら「テロリズム」の項目はあるという観点では、日本としての定義も存在はしている。

 ゆっくりできない。したがって、かなり強化しなければならない。

 

辞書を擁護する立場からの検討

 私がLunatic辞書勢なら、まず「辞書が正義」を前提としても、「なぜ、その辞書なのか?」という根拠を出す。世の中には複数の辞書があり、同じ言葉でも異なる定義(正確には「語釈」だが)が示されている。その中で「特にこの辞書の定義にしたがうべきだ」と主張するのだから、その根拠が要る。根拠を用意しなければ強い論証にはならない。

 

 きゃしゃん氏がGoogle検索で入手したであろう上記の定義は、オックスフォード大学出版局が編纂しているOxford Advanced Learner's Dictionary(OALD)の”terrorism”の項の和訳である。なぜ、ケンブリッジ大学出版局のCambridge English Ditionaryやアメリカのメリアム・ウェブスター社が発行しているMerriam-Webster Dictionaryでは駄目なのか。また、いったんオックスフォード大が英語辞書の出版元として最高権威と認めるとしても、Learner’s(学習者向け)ではなく、Oxford English Dictionary(OED)を使うべきではないか。

 更に言うと、言葉の定義を調べるのに、いわゆる「国語辞書」に限定する必要はない。「百科事典」や「法律」等でもいいはずである。国語辞書と同様、百科事典も専門家が責任を持って記述しており、十分な信頼性がある。例えば、ブリタニカ国際大百科事典の権威を認めない人はいないだろう。法律による用語の定義に関しても、いわば公的な「保証付き」なのだから、用いれば良い。

 加えて、「なぜ、英語の辞書なのか?」も問題となる。確かにテロリズム(terrorism)は英語である。しかし英語のterror(テロ)は遡るとフランス語のterreur(テルール)に由来する。フランス革命ロベスピエールが中心となって行った恐怖政治である。ならば、英語辞書ではなく、仏語辞書を引く方がより正当と言えるのではないか。

 あるいは逆にこうも言えるだろう。引用したツイートの議論で問題となっているのは、あくまでも日本のフェミニストが日本で行っている合憲的・合法的行為がテロにあたるかである。では仏語辞書でも英語辞書でもなく、素直に日本のものを参照したらいい。

 この観点で進むなら、辞書や百科事典よりも、日本の法律における「テロ行為」の規定を調べ、その定義に従うべきだというのが筋だろう。これが個人的にも強力だと思う。

 

 以上、長たらしく検討のプロセスを書いたが、私が想像する限り最も高度なLunatic辞書勢は次のように私に反論するだろう。辞書勢として振る舞う私から私への反論である。

 

辞書勢としての私から私への反論

 手嶋氏は、『言葉はどのように定義しようが自由であり、どれほど恣意的でも構わない。』と主張するが、これは辞書的定義(および既存の各学問領域で普及した定義)を過度に軽視した物言いである。たとえ原理的にはそうであっても、現実的には通る意味・通らない意味がある。なるほど自分にとってのメリット・デメリットで定義の採用の決めることは確かに可能だろう。しかし、自らの主張の基盤とした重要な言葉の定義が、明らかに自己都合による恣意的な選択によるものと読者に見られれば、その主張は現実社会における説得力をほとんど喪失する。主張を通すにあたって、どうしても辞書的定義が利用できない特殊なケースならばともかく、「合憲的・合法的フェミニストの政治活動はテロと言えるか?」という論題において「言えない」という立場を支持する程度であれば、辞書的定義を捨て去るのは不必要であるばかりか有害である。

 実際、「テロリズム」については、特定秘密の保護に関する法律で次の通り定義されている。

 

政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。

(特定秘密の保護に関する法律第十二条第二項)

 

 『人を殺傷し、又は重要な施設そのほかの物を破壊するための活動』と定義されている以上、手嶋氏が記事にて例示している行為、すなわち、

 

  • 地元の議員に陳情へいき、「この意見を受け容れられないなら、次は投票しない」と言うこと。
  • 購入した商品が気に入らず、企業にクレームの電話を一本入れること。
  • 飲食店で受けたサービスが失礼に感じ、文句の締めくくりに「もう来店しない」と言うこと。
  • Amazonレビューや食べログで「★1」をつけること。

 

 これらはいずれも、人を殺傷するものではなく、また重要な施設を破壊するものでもない。よって、日本が法律で定める「テロリズム」および「テロ行為」には該当しない。誰かが法律以外の定義から「該当する」と言ったとしても、それは日本国では公的に通用しない単なる誇張表現に過ぎない。

 その誇張表現を拒否するにあたって、何も「定義は任意である」まで引き下がる必要はない。むしろ、そのように引き下がらなければならないのは、手嶋氏が例示した行為すらテロに含めると考える側である。公に認められた定義が使える立場であるにも関わらず、それを捨て、定義の任意性を述べ立てるのは、かえって説得力の点で主張を脆弱にする。やはり不必要かつ有害な論理である。

 

 反論への再反論(?)

 ふむ。なるほどなるほど? まあ、なんだ。それなりに、一理あると認めざるを得ないようではある。ネット喧嘩師クラスタにおいて「残念」以外の評価がない辞書勢も、難易度設定がLunaticともなれば、なかなか知性を発揮してくると認めよう。

 私としては、そのように提示された反論に対し、より優れた反論をして自分の主張を守らねばならない。ゆっくりりかいしたよ。……ちょっとまってね? ゆっくり考えるから。ゆっくり……すごくゆっくり、考えるから。

 

 ははあ、うーむ……はいはい。そういうことね。

 分かる。分かるわ……。へぇ~~~。

 

 そこそこ良いんじゃないですか。……ええ、はい。そう思います。いいところは認めていくタイプですので。

 

 じゃあ再反論なんですけど、うーん、……まあ、まずひとつには……ひとつには…………

 

 ……………………………………

 

 ………………

 

 

 

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鳥山明ドラゴンボール(42)』集英社(1995)

 

 

『こまった・・・ちょっとかてない・・・』とは?

元ネタはマンガ「ドラゴンボール」における魔人ブウの台詞。
自らから生じた悪い魔人ブウとの戦いにおいて言った。

最初はある程度の自信があったが、戦いを進めていくうちに勝てなさそうであると認識しこのような台詞を述べた。

ネット用語辞典「ネット王子」より