日記の基本に立ち返ろう

 最近、カロリーの高い記事(書くのに労力が要る記事)が続いた。自分の批判力・文章力を上げるための練習だから良いが、毎回毎回その調子を維持するのは面倒である。よって、今回は「なんかこんな感じで書こうと思ってる」的な緩い話をする。

 

 青識亜論氏が先日、次のツイートをしていた。

 

 

 表現の自由を守るための活動をしている方として、尊敬してやまない青識亜論氏だが、この点に関しては私は直感的に同意できないものを感じた。「直感的に」というのは、まだ煮詰まってはないからである。今回は着想・試論として書く。

 

 歴史上、どんな「成功した」政治活動も、初めはマイノリティの活動として立ち現れる。絶対王政をやめて共和制にしようとか、いや民主制にしようとか、すべての統治形態の変化は「マイノリティとしてスタート」した。そして、それが成功する過程では殆ど必ず暴力が用いられてきた。どちらかといえば、暴力が使われなかったら「無血革命」とか「無血開城」とか言われて珍しがられるくらいだ。

 政治的変化、特に統治形態の変化に関する世界史・日本史を眺めた時、「対話」という要素はいかにも補助的にしか働いていない。「対話」はなくもないが、その対話にしても、武力に代表される「圧力」があって初めて成り立つ。青識亜論氏はしばしば「(ツイッターフェミニストのような活動方針では、長期的に成功しない」と主張するが、私にはどうも「成功しなければいいな」という希望的観測の言い換えにしか思われない。

 日本における民主主義の抬頭にしても、最高権力の座にあった江戸幕府や、その他の統治形態の実現を目指す勢力(民主主義者から見れば競合勢力)に対し、「今回はちょっと民主主義に権力の座を譲ってくれませんかねえ」と穏やかに対話し、「民主主義に反対する人たち」にご納得いただいた訳ではない。えげつない手を何でも使って、とにかく権力の座につき、その後、マイノリティからマジョリティに変化したのである。

 「政治的意見を長期的に存続させる方法は何か?」という問いは、歴史が終わってみないと分からない。長期的に存続したといえば、まずパックス・トクガワーナが思い浮かぶ。ざっくり250年続いたので、ではそのやり方に倣えばいいのだろうか。でもそれって要するに「戦国時代」と呼ばれる内戦の結果であって、「対話的なもの」と限りなく遠い座標にあるのではないかしら、とやはり思うのだ。

 

 このようなことを考えているので、そのうちご本人にぶつける機会に恵まれたいが、今はちょっとまだ準備不足である。「政治的意見の長期的に存続させるような活動のあり方」は、問いの扱う範囲が広い。歴史をかなり注意深く調べなくてはならない。現段階では、「着想」とか「試論」くらいにしかなっていない。