【検討】Rei氏の『女性は「優しい人が好き」というのに、何故優しい貴方はモテないのか? 』について

 Rei氏が次のnote記事を公開している。

 

note.com

 先にRei氏のnote記事の本論を明示しておこう。以下に引用した本論部分については、特に私も否定すべき点はないように感じた(「弱さは罪だ」は「弱さは性愛の獲得において不利である」の修辞表現であろう)。

 

 この手の話になるとインターネットでは判を押したように「貴方のそれは優しさではなく弱さだからである」「優しいというよりも周囲からの圧力等で自己犠牲的に振舞わざるを得ないからである」「本当の優しさではない」的な言説が寄せられるが、これらは何の根拠もないレッテル貼りである。というのも、この手の疑問には既に実証的な研究が多々あり、既に結論が出ているからだ。そして結論から言えば「優しさはセクシーではない」からである。「優しさ」それ自体は美徳であり、道徳的シグナルであるが女性へのセックスアプローチとしては機能しない。
<略>
 性愛においては男性の弱さは罪だ。しかしながら、弱いないし非モテであるということは決して人格が劣っている事を意味しない。繰り返し言うが、良い悪いは別にして人間の欲望と社会的正しさ・望ましさは必ずしも合致するとは限らないのだ。
<略>

 優しさはセクシーな記号ではなく、モテる/モテないとは無関係である。おっぱいの大きい女性が男性にモテることをもって「社会的に正しい人格をしてる」とはならないように、男性もまた女性にモテることをもって「社会的に正しい人格をしてる」事には決してならないのである。

 

 男性の「優しさ」「誠実さ」「謙虚さ」は、おそらく単に女性のセックスパートナーを獲得する上では好ましくない性質だと、Rei氏はいくつかの論文を提示して、それらをもとに論証している。主張の根拠とした論文を明らかするのは素晴らしいことである。この時点で氏には+5億点ほど差し上げたい(上から目線で恐縮だけれど)。ネット記事で出典論文が明らかにされているのは本当に久々に見た。

 ただ、ごく普通に想像してみても、「優しさ」「誠実さ」「謙虚さ」といった性質を備えた男性は、おそらく女性にアプローチする試行回数が少なく、また1回のアプローチあたりで発揮する「粘り強さ」――ちょっと断られたくらいでは引き下がらない、へこたれない、手を変え品を変え交渉を続ける能力――も低いことが予想される。「失礼かもしれない」「ご迷惑かもしれない」で足踏みする人は、まったくそうでない「傲慢な」人に比べて、セックスパートナーの獲得競争では不利だろう。

 むろん「長期的に安定した関係を築けるか?」となると、また話は別である。Rei氏が引いた3つの論文の研究内容では、長期的関係までは検討されていなかった(これはRei氏の議論が不十分だという指摘ではない。氏の論旨は「優しさではなく弱さ」論への反論であるので、それに対応できる分だけ論じれば良い)。

 

しかし、心理学実験は信用に値するか?

 論文を提示するのは素晴らしいが、心理学分野には業界的に大きな課題がある。2015年、Science誌に"Estimating the reproducibility of psychological science"(心理科学の再現性推定)と題した論文が発表された。著名な心理学学術誌3誌から100報の論文を選出し、その再現性(同じ方法で実験すれば、同じ結果が得られ、同じ結論に到達することができるか?)を確かめるものだったが、残念ながら「再現性は非常に低い」という結果になった。

 幸い、上記論文の要約が日本社会心理学会の手によって和訳されている。以下に紹介する。なお、強調は引用者による。

 

再現性は科学にとってもっとも重要な特徴だが,それが現代の研究をどの程度特徴づけているかは未知である.われわれは3つの心理学ジャーナルで刊行された100本の実験的な相関研究について,強力なデザインと利用可能なら元の研究で使われた材料を用いて追試をした.再現効果 (Mr = .197, SD = .257)は元の研究 (Mr = .403, SD = .188)の半分ほどで,かなり低下していた.元の研究の97%で5%水準で有意な結果が得られていたが,追試ではその割合は36%だった.元論文の効果量が追試の効果量の95%信頼区間に入っていたのは全体の47%,主観的評価で「元論文の結果が再現された」と評定されたのは39%だった.そして,元の研究にバイアスがないと仮定して,元の研究と追試研究を合わせてみたところ,有意な効果が残ったのは68%だった.相関分析によって,追試の成功を予測しうる要因を検討したところ,元の追試を実施した研究チームの特徴よりも,元のエビデンスの強力さの方が関連が深かった.

※日本社会心理学会による翻訳文(掲載元)

 

 これに端を発して、心理学における「再現性の危機」が叫ばれ、研究者団体のCenter of Open Scienceは"Open Science Framework"を立ち上げ、再現性プロジェクトを開始している。心理学でよく出てくる「○○効果」「○○現象」の類はいま非常に疑われていて、世界的な検証作業の真っ只中にある(ちなみにOpen Science Frameworkは無料で登録でき、検証に関わる議論を誰でも閲覧することができる)。

 

 したがって、心理学論文を自分の主張の根拠にする場合、かなり慎重にならなくてはならない。論文1報読んで採用するにはリスクが大きく、他の研究グループの類似実験でも同様に支持されるか、あるいは、逆の結論を支持した論文の方が信頼性が高いのではないかと検討する必要がある。Rei氏は別の部分でTED talkのピフ氏の講演で話された「お金持ちほど慈悲や道徳心が減る」という説を引用しているが、貧困と犯罪(または道徳的行動)に関しては、歴史的に長く研究されており、真逆の結論を支持する論文も多数ある(私が整理して「どちらかというと、~の方が正しいのではないか?」と言おうと思ったが、多すぎて諦めたことを告白しておく。既存の知見との齟齬が解消されるかは自分なりにもそのうち確かめてみたい)。

 

 また、今回のRei氏のnote記事では「ストックホルム症候群」が出てくるが、実はこれはかなり「疑われている」概念に該当する。

 

具体例:ストックホルム症候群は本当か?

 Rei氏は次のように「ストックホルム症候群」を援用して書いている。

 

 女性に限らず強さを優しさと誤認してしまう事は様々な研究においても指摘されており、最も有名な事例は「ストックホルム症候群」だろう。ストックホルム症候群とは狭義には「誘拐・監禁事件などの被害者が犯人との間に心理的な繋がりを築くこと」とされており、1973年ストックホルムにおいて発生した銀行強盗人質立て籠もり事件が語源となっている。131時間に及ぶ監禁のなかで次第に人質達は犯人に共感し、犯人にかわって警察に銃を向けるなどの行動をとるようになり、また人質のなかには解放後でさえ犯人を「優しい」と庇う証言をする者や犯人に恋愛感情を抱く者まで現れた。これは異常な環境下における生存戦略とされているが、大小の違いはあれ人間社会の普遍的営為ではないか?と私は思っている。

 

  残念ながら、ストックホルム症候群については学術的にはほぼ却下されているのが現状である。FBIが1,200件以上の人質事件を対象として、人質にストックホルム症候群の兆候が見られたのは8%に過ぎなかった(FBI報告書:長いので"Stockholm"などで検索することを推奨する)。加えて、FBIとバーモント大学が600の警察機関を対象に行なった調査によれば、被害者が誘拐犯と心理的なつながりをもったために事件への対処が妨害された事例は1件もなかったという。ストックホルム症候群は、仮にあるとしても、人間心理の「法則」というよりは、稀な現象に属するものらしい。

 

 また、Namnykら(2008年)の研究"Stockholm syndrome': psychiatric diagnosis or urban myth?"(『ストックホルム症候群:精神医学的診断か都市伝説か?』)によると、ストックホルム症候群という診断名はどの国際診断基準でも存在せず、これを取り扱った学術論文も12報しかなかった。また、12報の論文にしても、相互に「ストックホルム症候群」の定義にブレがあり、検証済みの診断基準は記載されていなかった。最終的にNamnykらは、ストックホルム症候群は、出版業界によるバイアスが原因で広まっていた都市伝説ではないかと結論している。これは先程のFBIの報告とも合致する結果と言えるだろう。結局、犯罪被害者が犯罪者に自発的に協力するのは「極めて珍しい」ため、ニュースバリューがあり、積極的に報道されるがゆえにその頻度や確率を実態より遥かに高く見積もってしまうのだ。 

 

 ただ、こんなクソ細かい話Rei氏が知らないからといって、彼を責めるのは明らかに間違いだろう。私としても、単に「こんな話もあるんです」くらいのノリで書いている。正直、「ストックホルム症候群」は日本のメディアで流通しまくっていて、心理学者も目立った形ではろくに批判していない。乗っかってしまっても仕方がないと思う。

 

まとめ

 Rei氏の議論そのものは、出典明記の原則が守られており、全体としても優れたものと感じた。しかしながら、心理学実験の結果を自説に援用することについては、更に検討を重ねないと相当外れる可能性が高い。特に「ストックホルム症候群」に関しては学術的には否定される傾向にある。また、高級自動車と貧乏自動車の道交法遵守度や10ドル寄付の実験結果の2つから「お金持ちほど道徳心や慈悲が下がる」と結論するのは、いささか飛躍している感が否めない。既存の経済統計・犯罪統計による知見と齟齬のある主張とも見受けられるため、何らかの統一的・整合的な説明が成立するかどうかは今後の課題と言える(個人的に挑戦はしてみたが、情報量が多すぎてギブアップした)。