ネット議論お嬢様講座 Part.7:e-フェミお嬢様のご質問に回答しつつ、「質問」の正しい形を説明しますわ!

わたくしのお相互フォロワーの中でも素晴らしいお方のひとりに、e-フェミお嬢様がいらっしゃいますわ。大体において意見が似通うことが多い方――だとわたくしは勝手に思っている――なのですけども、おタイムラインおツイートを眺めておりますと、ヒトシンカお嬢様の『ラブタイツ』記事をめぐって、見解が割れていることが分かりましたわ。わたくしは当該記事に対して肯定派、e-フェミお嬢様は否定派ですわ。

今回はe-フェミお嬢様のおツイートにわたくしなりの答えを示しつつ、わたくしが「肯定派」である理由を説明しますわ。

あとついでに、ネット議論講座として『「質問」はどうあるべきか?』なんてお話もしちゃいますわ!

 

性的搾取という概念を使ったらフェミニストですわ!

 

e-フェミお嬢様が上のおツイートで問題視しているのは、『ラブタイツ』記事の次の部分ですわね。

 

 これ(引用者注:ラブタイツ広告イラスト)にフェミニスト集団が一方的に【性的搾取】、【性的消費】、【男性目線】などのレッテルを貼り、キャンペーンを中止に追い込んだ。
 なおこれら「性的搾取」「性的消費」とはフェミニスト用語だが当時トレンド入りするほどバッシング側によって乱用されており、この騒動が「一般女性」ではなく「フェミニスト」によるものであることの明確な証拠となっている。性的消費というのはネット上のフェミニスト、いわゆる【ツイフェミ】が作り出した語義不明瞭なオリジナルスラングであるし、「性的搾取」は実在の女性や児童などを正当な報酬を払わずに性産業に従事させたりすることを指す言葉で、萌えイラストは本来全く関係ない。これらの用語を萌えイラストのバッシングに使うのは唯一日本のフェミニストだけである。

【#ラブタイツ】 - Censoyclopedia:センサイクロペディア

 

ひとつずつ順番にいきますわね。

e-フェミお嬢様は『企業のキャンペーンに対して私人が感想を言う際に、一方的とか一方的じゃないとか言う事があるかしら』と疑問を感じなさったようですわ。でも、正直「一方的」というワードにそれほど意味はないと思いますわ。感想の送付ってもともと一方的ですし。「少なくとも双方向的・対話的ではない」程度に理解しておけばたぶん十分でしてよ。実際、このワードを使わなくても(省いてしまっても)ヒトシンカお嬢様の論は成立しますから、わたくしとしては、「それは取り上げるほどでもない。」という感覚ですわ。

 

そして、次の疑問は『この記事では「フェミニスト」と「一般女性」の違いはかなり重要ですけれど、どう定義されているのでしょう。性的搾取という言葉を使ったらフェミニスト……?』ですわね。――これは重要ですので、しっかり説明しますわ!

実はこれを説明するのにうってつけの示唆深い考察を、英文学者のイーグルトンお嬢様が『イデオロギーとは何か』という著書でしておりますわ。引用しますわね。

 

イデオロギーは、わたしが状況をどう考えているかという問題ではなく、なんらかのかたちで、状況そのものに刷りこまれているものなのだ。わたしが「白人専用」と書かれた公園のベンチに座っているくせに、自分は人種差別には反対であるなどと思いをあらたにしたところで意味はない。白人専用のベンチに腰をおろす行為によってすでに、わたしは人種差別のイデオロギーを支持しその永続化に手を貸してしまったのだ。いうなればイデオロギーは、わたしの頭のなかにあるのではなく、そのベンチのなかにあるのである。

イデオロギーとは何か (平凡社ライブラリー) | テリー イーグルトン, Terry Eagleton, 大橋 洋一 |本 | 通販 | Amazon

 

上の論を少し展開しましょう。ある人がフェミニストかどうかは、「本人がフェミニストだと自認しているかどうか」ではなく、本質的にはフェミニストと同じ行動・言動をとるかどうか」で判断されるべきですわ。

たとえば、わたくしが「不逞外国人」在日特権といったネトウヨが作り出したネトウヨ御用達の批判概念を好き放題使っておいて、「でも、わたくしはネトウヨではありませんわ!」などと言っても、誰も真面目に受け取らないでしょう? せいぜい「いや、あなたは立派にネトウヨでしてよ。」と言われるのがオチですわ。また、それで妥当・正当ですわ。白人専用のベンチに座りながら「人種差別には反対である。」と考えるのと同じですわ。(私は黄色人種ですから、モンゴロイド専用ベンチと言うべきかしら?)

同様に、萌え絵に「性的搾取」という概念をぺたんこと貼り付けて批判するのはジャパニーズ・フェミニストのやり方なのですから、そのやり口に習って同じことをする人は、自認していようがいまいが、やっぱりジャパニーズ・フェミニストですわ。認定は正しくってよ。

もし、「性的搾取概念を用いて萌え絵を批判していても、ジャパニーズ・フェミニストとは言えない。」と仰っしゃりたいなら、そう言えるだけの何らかの根拠が必要ですわ。たとえば、「物理学クラスタのほうが、萌え絵に性的搾取概念を当てはめて批判している。」とかですわね。まあ、物理学でなくとも、オタククラスタでも経済学クラスタでも何でも結構ですけれど、ぶっちゃけどんなクラスタを比較対照にしても、「萌え絵=性的搾取」論は圧倒的にジャパニーズ・フェミニストクラスタが使っていると思いますわ。これは否定できない現実ですわ。

そのクラスタの特徴に該当する行動・言動をしている人は、そのクラスタにいると判定される――これに異存ありまして?(「不逞外国人」「在日特権」を繰り返し使う人の例とあわせて考えてみて頂きたいですわ。)

 

立証責任はそちらにありますわ!

次のおツイートに参りましょう。e-フェミお嬢様はこのように述べておられますわ。

 

 

ヒトシンカお嬢様が想定している「中年女性」は、宮崎勤事件なんかがあって、マスコミによるオタク・バッシングが特に厳しかった時期に幼少期を過ごした女性ですわね。(記事中にそのような旨の記述がありますわ。)

さて。逆にお尋ねしたいのですけれど、宮崎勤事件から時間が経てば経つほど、相対的にバッシングの勢いは減りますわよね? 流行り廃りとしてそうですわ。また、時期が進むほど、オタク表現はどんどん表の市場に出るようになって、アニソンオリコンチャートに入るのが「さして珍しくもない光景」になったかと思えば、ニコニコ動画を通じてボーカロイドが爆発的な人気を博し、今ではVTuberなんてのまで人気ですわ。いかにもな萌え絵を使ったおスマホゲーも流行ってますわね。

こうした状況の変化の中で、一体どうやればオタク・バッシング世代である「中年女性」ほどの萌え絵への強烈な抵抗感を、「若い女性」がそのまま引き継いで維持したり、あるいは更に強めたりすることが可能ですの?

若い女性ほど萌え絵に抵抗感がない。」という推論は、ごく自然に、ほぼ当り前に導かれるものですわ。もう社会通念としてそうだと考えてもいいでしょう。こうした場合、むしろ、疑問を持った側の対抗言論である若い女性も、中年女性と同程度か、それより強い抵抗感がある。」の方こそ、何らかの『強い証拠』が必要ですわ。

 

これに併せて、『立証責任』という議論の原則を少し紹介しますわ。今回のケースで私は、「自然な推論」を述べたに過ぎないヒトシンカお嬢様よりも、それに疑問を感じたe-フェミお嬢様のほうに、疑問を付されてしかるべきとする「証拠を示す責任」(=立証責任)があると考えていますわ。

(※引用が長いので、太字だけ読んでもいいですわ。)

 

 すでに存在するものを優先する存在者のトポスが、最も典型的なかたちで現れているのが、議論における立証責任という考えである。立証責任とは、要するに、議論においてどちらが最初に立証する責任を負うかということである。立証責任は元来が法律用語であったが、これを法律以外の、議論一般の問題に応用したのは、修辞学者のリチャード・ウェイトリー(1787ー1863年)であった(『修辞学初歩』1828年)。
 ウェイトリーの考えはすこぶる単純である。彼は、現存する制度、規則、また通念や常識のように世間一般に受け入れられている判断、あるいは伝統、慣習、さまざまな分野における権威など、要するにすでに存在しているものに特権的地位を与え、これらは充分な反対理由が示されるまでは存続されるべきであると考えた。したがって、制服着用を義務付けている学校で、制服を廃止すべきか否かと論争が起きたときには、まず制服廃止派が自らの主張の正しさを論証しなければならない。制服存続派が喋るのはその後である。
 しかし、それではなぜ、すでに存在するものはこのような特権を享受できるのかという疑問が生じてこよう。これについて、足立幸男氏は次のように解説している。

 ……私見によれば、スタトゥス・クオ(現状、引用者注)の変更は一般にメリットのみならずデメリットをも伴う。しかも、これらのデメリットに対して多くの人々は知識も経験ももたない。そのため、スタトゥス・クオの変更は、時として、大きな社会的混乱をもたらすことになりかねない。その意味で、スタトゥス・クオの変更を求めようとする側に対して、それを主語しようとする側より相対的に重い責任を要求するのは、それなりに合理的な方策であるように思われる。(『議論の論理』1948年)

 足立氏が述べていることは性格である。すでに存在しているものについては、われわれは、そのメリットもデメリットも承知している。が、まだ存在していないものは、その正体をはかりかねるのだ。福田恆存氏は、選挙でなぜ大衆が保守党に投票するのかということを、その心理から説明している。

 ……大衆が諒解してゐる政治といふものは、進歩派の頭のなかにある消毒政治と異り、毒も一緒に飲みこむことなのだ。彼等は資本主義国家にも自由主義陣営にも悪があることを知つてゐる。それがかなり大きなものであることも知つてゐる。同時に、欲する善はその悪と抱合わせにでなければ手に入らぬことも知つてゐる。彼等が保守党を支持するのは、両者の間にさういふ黙契が成立つてゐるからだ。保守党の悪は顕在してゐる。が、革新政党の悪は潜在してゐる。未知のメーカーの新式の機械同様で、売手は従来の品より良いところばかり宣伝するが、どこに狂ひが来るか見当がつかない。国民大衆にとつては、それが気味わるいのだ。さういふ常識を「感情的」なものとして軽蔑したり無視したりすることは出来ない。(福田恆存「常識に還れ」)

 こうしてみると、立証責任は、すでに存在するものにわけもなく特権的地位を与えているのではないということがわかる。実際問題として、何かしら現存するものに反対する論者は、まず自らがその反対論を論証してみせなければそもそも説得力をもちえないのである。たとえ立証責任の義務が課せられなくても、一つの提案として認めてもらうためには最初の立証を引き受けざるをえないのだ。だから特権的地位は与えられたというよりも、存在者に最初から備わっているものだといえよう。存在者のトポスが選択のための論拠として機能する秘密もそこにある。

香西秀信『議論術速成法:新しいトピカ』(ちくま新書, 2000年)

 

もちろん、どのような言論(ここではヒトシンカお嬢様の仮説『若い女性ほど萌え絵に抵抗感がない。』)に対しても、疑うのはたいへん結構でしてよ。何もかもを疑うべきですわ。ただ、その「疑い」を支える根拠は問われますわ。具体的には、「その仮説と矛盾する事実がある。」(A)とか「それよりももっと有力な(説得力のある)仮説がある。」(B)とかですわね。

このAとBをどちらも全く示さずに、ただ疑問だけ述べても、相手にはかわされてしまいますわ。「根拠が乏しい気がする。」に対しては、たとえば「根拠は十分ある気がする。」とでも答えておけば、それでとりあえず引き分けですもの。だって、証拠レベルが同じですからね。あえてネット議論として評価したとき(本当に純粋な質問だったらごめんなさいね!)、e-フェミお嬢様の質問の仕方では、引き分けか負けしかないのですわ。不利なじゃんけんですわ。

唯一、「ひょっとしたら」の次元で勝ち筋としてありうるのは「質問に対して相手が回答をミスる。」ですけれど、これヒトシンカお嬢様に期待するのは多分ちょっと厳しいですわ。AまたはBを用意して、きっちり『実弾』をブチ込まないと、そいつは殺せませんわ。(ネット議論の経験値が明らかに私より上ですわ!)

 

立証責任を先にこちらが果たしてもいいですけれど、根拠はかなり簡単に調達できますわ。たとえば、萌え絵文化を創作・消費する人たちの女性比率を見ればよろしいわよね?

 

f:id:Teshima_Kairei:20210527205054p:plain

https://lab.appa.pe/2015-11/lovelive-imas-comparison.html

本当は時系列で「昔は女性比率が低かった」を過去の別作品を使って出していくべきなのでしょうけれど、なんかもうわりと十分な気もしますわ。ラブライブ!』が萌え絵的ではないとは流石に仰らないでしょう。ていうか若い世代で「女性比率のほうが高い」まで到達しているのはわたくしも驚きましてよ。(おスマホの性別設定にはあんまりウソはないと仮定していますわ。たぶんおスマホを購入したときの性別欄の反映でしょうし。)

あと、『けいおん!』の視聴者層分析とか、少しググったら色々出ましたわ。おそらくヒトシンカお嬢様の推論を裏書きするデータは、ポンポン並べられますわ。

 

 

一文でも何でも、根拠を1個でも出した側は、1個も出していない側よりも説得力の点で「上」ですわ。加えてe-フェミお嬢様は、疑問の根拠(AまたはB)を提示していないので、素直な質問なのか、「回答ミス待ち」のイチャモンなのか、外形的には区別できませんわ。(※個人的に私がe-フェミお嬢様のことを信じているのは、また別の話ですわ。)

そもそもそういう「相手に論証おまかせコース」みたいなのは駄目なんですの。おまかせしたら相手の好きにやられますわ! きっちり詰めて殺せですわ! どうして否定的証拠を突きつける努力をおサボりになられたの!?

 

放置していても脅威にならない質問は、放置されますわ。それが議論の摂理ですわ。「答えなければまずい!」「黙殺していれば相手の正しさを認めたことになる!」ような質問を――そのような危機感を与える質問だけを――発するべきですわ!

 

ネット議論ならば、ですけれども。(純粋な学生風の質問ならこの限りではないですわ。)

 

と、ガンガン書いちゃいましたけど、e-フェミお嬢様は、今後もわたくしと仲良くしてくださると嬉しいですわ!(相当偉そうに書きましたけど、お気を悪くしてほしくないですわ。これは本当に本心ですわ。)

今回の講座はここまで! わたくしも質問に気をつけて、ネット議論お嬢様として精進して参りますわ!