ネット議論お嬢様 Part.8:「定義」ってどう扱いまして?

私は2021年5月29日に次のようにおツイートいたしました。

 

 

ただ謝罪しなければなりませんの。これ、わたくし引用RTする対象のおツイートを間違えておりますわ。神崎お嬢様のnote記事へのお感想のつもりだったのですけれど、こっちはTogetterまとめですのね。まあ、テーマは共通していますから、大きな齟齬は出ないものの、ちょいミスりましたわ。ごめんなさいね。

 

それで、いつも仲良くさせて頂いているLlukSお嬢様から次の御質問を頂戴しました。
(※ツイート埋め込み機能を使うと連続リプライは縦長になりすぎるため、文章を転記させてもらいましたわ。太字強調は引用者によりますわ。)

 

①とても大事な視点であるとは思う。 しかし日本人の言葉へのいい加減さはもはや治らないのではないかと思うのですが、手嶋さんはどうお考えになりますか?
②申し訳ない。仕事終わりの気の緩みから何ともぼんやりしたもののお尋ねのしかたになってしまいました。 「日本人の言葉へのいい加減さ」とは例えばカタカナ翻訳の利便性に依存し、最早新たな言葉として再生産する事に日本人が慣れきってしまっているから、→
日本語の性質として語句の定義の拡張使用の傾向は素から「在る」ものだ、と考える事はある程度妥当性があるのではないか。これを防ぐ手立ては意義を再生産するカタカナ外来語をある程度危険視する言説が構築されない限り「治らない」ように見える、とやや暗澹たる思いでおりますが→
④手嶋さんは、どのようにお思いですか? という事が先のtweetの趣旨でした。長々と申し訳ないで。

出典:
https://twitter.com/LlukS666/status/1398674459314302977
https://twitter.com/LlukS666/status/1398679480512573450
https://twitter.com/LlukS666/status/1398680922359095296
https://twitter.com/LlukS666/status/1398681156942405632

 

 語句の定義の拡張使用は、「日本人」の「日本語」に特有の性質ではなく、「人類」の「言語」に共通の性質でしてよ。もちろん、各言語を精密に比較するなら、原理的には程度の差が検出できるかもしれませんけれど、「定義の拡張は、日本語で特に発生しやすい。」という論は言語学クラスタお嬢様からは聞いたことがありませんわ。(もっとも、私が聞いたことがないだけで、どこかで言われているかもしれませんわ。)

実際、お学生時代にお英単語を憶えるときも、「多義語」ってやつには面倒な思いをさせられたはずですわ。多義語のすべてが「拡張」によって生まれた訳ではありませんけれど(ぜんぜん違う経路で入ってきたにも関わらず、最終的にひとつの語句に「合流」しちゃったとか、あるいは「拡張」とは逆に、元々はもっと広い意味をもつ語句が「縮小」しちゃったとかもありますわ。)、たとえば"Japan"「日本」という意味に加えて、漆器という意味がありますわね。毛唐どもの言語運用もいい加減でしてよ。

「英語 多義語」とかで検索すれば、お受験用に「憶えるべき多義語のリスト」みたいなのが出てくるでしょう。「どうして、それとそれを一緒にしましたの……?」と疑問に思うものばかりですわ。"book"なんて、「本」という名詞と、「予約する」という動詞が一緒くたになってますわ。品詞レベルで変えるなよって思いません?

 

さて。カタカナ外来語についても他国の事情とそう変わりませんわ。またお英語の場合で言いますと、いわゆる「英単語」のうち、外来語(言語学的には英語以外の言語からの借用語を指す)が占める比率はオドロキ60%~80%ですわ。あいつら、お意識高い系ビジネスパーソンよりもはるかに外来語を使って喋ってますのよ。英語ネイティブに日本人の和製英語を非難する権利なんて全く無いですわ。どの口がほざきますの? おふざけはおよしになって!

たとえば、英語のuncle(叔父)やcousin(いとこ)はおフランス語ですわ。おフランス語で叔父はoncle、いとこは完全にそのままcousinですわ。一方で、father(父親)やmother(母親)は英語の本来語で、おフランス語とは全く別ですわ。これを日本語でたとえると、「父や母のことは日本語で父や母と言うけれど、兄弟のことは『ブラザー』と呼び、『兄弟』はもう誰も使わない死語・古語になってる。辞書にも掲載されていない。」くらいの状況ですわ。借用語比率が60~80%ということは、こんな状況が英語では当り前だということですわ。

 

とはいえ、普通に喋ってる日本人が外来語を避けて本来語を使っているのかというと、全くそうではありませんわ。というも、単に「外来語」と言った場合、日本人として真っ先に考えるべきは「中国語」(漢語)だからですわ。

カタカナ翻訳の利便性に依存し、最早新たな言葉として再生産する事に日本人が慣れきってしまっている』という御指摘がございましたけれど、それはかつて漢語翻訳でやりまくったことですわ。(「利便」も「依存」も「生産」も漢語ですわ。)新しい言葉を受け取るにあたって、「和製漢語はいいけれど和製英語(カタカナ)はダメ」という論もたしかに有り得ますけれど、私から見ると「由来するお国が違うだけではなくて?」と思っちゃいましてよ。翻訳にあたり、いったん中国語を経由するルールにでもしまして?

 

以上から、意義を再生産するカタカナ外来語をある程度危険視する言説はやりにくいと思いますわ。いま現在、欧米が世界の中心みたいなツラをしていらっしゃるので、そのへん生まれの概念をそのままカタカナで輸入する状況は消えないでしょう。ちょっと悔しいですけれど仕方ないですわね。

この件については、以上がわたくしの考えですわ。追加の御質問があればいつでも受け付けましてよ。

 

それでも、「定義」の拡張を咎める意味

ここまでは言語の在り方として、かなり物分りの良い「定義なんて自由ですのよ~!」的なお話をしましたけれど、それは半分正解で半分間違いですわ。

もちろん原則として、ある語句をどのように定義するかはその人の自由ですわ。「犬という言葉で猫を意味することにする。」なんて定義をしても構いませんわ。定義に真偽なしという言葉通りですわよ。「AはBを意味することとする。」と約束して、それを自分で守れば基本は問題なしですわ。

じつは定義についての考え方は、わたくし既に記事にしておりますわ。次の記事でしてよ。(お時間のあるときにお読みくだされば幸いですわ。)

 

teshima-kairei.hatenablog.com

 

「定義の拡張」が、「その語句に本来なかった意味を新たに与えること」全般を指すなら、例えば物理学で定義されている「仕事」という語句も問題視することになるでしょう。物理学における「仕事」とは、お高等学校で習う通り、「物体に加わる力と、物体の変位の内積ですわね?

でも、これに対して「そんな定義でその語句を使うな!」「勝手に拡張するな!」というのは明らかに不毛な批判ですわ。

 

けれど、神崎お嬢様が問題視した「スラップ訴訟」の拡大については、事情が異なりますわ。神崎お嬢様がお書きになった定義を借用させていただきますと、スラップ訴訟は『個人・市民団体・ジャーナリストによる批判や反対運動を封じ込めるために、企業・政府・自治体が起こす訴訟』(出典:note記事『差別問題に蔓延する「ソリテス・パラドックス」 』)ですわね。明らかに、はるかちゃん氏が石川氏に起こした訴訟は該当しませんわ。

 

簡単に申し上げれば、わたくしが物理学の「仕事」を咎めないのに、「スラップ訴訟」は神崎お嬢様と同様に咎めるのは、法的な問題に加え、「元々の定義が持つ喚情的意味を都合よく流用しているから」ですわ。(この観点そのものは神崎お嬢様とは異なりますわ。神崎お嬢様は批判するにあたって「ソリテス・パラドックスに陥るから」という理由を採用していらっしゃいますわ。)

喚情的意味というのは、要するに語句が持つ感情を喚び起こす力ですわ。例えば、テロリズム「性的搾取」という語句を目にしたら、私たちは単にその記述的意味として「~のことである。」という情報を受け取るだけでなく、同時に「悪いことだ! 許せない!」という感情も喚び起こされますわよね? 今風にいえば、エモいワードなんですわよ。

「殺人鬼」「鬼」というエモいワードを付与することによって、「恐ろしいもの、怖いもの」という感情的イメージを与えていますわ。少なくとも「殺人犯」というよりは「殺人鬼」のほうが喚情的意味は強めだといっていいでしょう。だいたいの語句は、記述的意味とそれに付随する喚情的意味を持っていますわ。

わたくしが許せないのは、定義を変更しているにも関わらず、「変更前」の定義しか持っていなかったはずの喚情的意味を、「変更後」の定義にも流用する、その卑劣さですわ。

たとえば、「実在の女性に性的労働を強制し、利益を奪い取る。」という本来の定義の「性的搾取」は、それにふさわしいだけの喚情的意味がありますわ。「性的搾取をやっている人は最低最悪、人類の敵!」と言って差し支えないでしょう。

けれど、「女性キャラの萌え絵を創作・公開すること。」という全く違う状況に対して「性的搾取」という語句を使うのは、本来の「性的搾取」がもつ喚情的意味を流用して「悪いイメージ」を持たせようとしているだけの、極めて卑劣な名付けに過ぎませんわ。本当に図々しいにもほどがありましてよ。あとから現れて、喚情的意味だけウチでも使わせて下さいって、そりゃ通しませんわよ。そっちはそっちで別の語句でおやりになって!

 

あと、神崎お嬢様が問題視している「ソリテス・パラドックス」および「曖昧な定義」の問題にもおおむね同意いたしますわ。そちらの論は神崎お嬢様のnote記事を参照なさってくださいまし。

とはいえ、ちょっと思うところはありますわ。例えば、「スラップ訴訟みたいなもの」「一種のとも言える行為」なんて小学生めいた言い逃れが認められるなら、今回の声明を発表した現代書館様を指して、「一種の恫喝とも言える声明を発表した反社会集団またはヤクザみたいなもの」と言い返しても全然OKってことになりますわよね?

であれば、現代書館様に「スラップ訴訟とは異なる。」と御指摘して、「スラップ訴訟そのものとは断言しなかった。だから問題はない。」という反論されたら、仕返しに上の「一種の恫喝とも言える声明を発表したヤクザみたいなもの」と言っても問題はありませんわ。だって「断言していない=セーフ」論法を採用したのはそちらでしょう? 自業自得でしてよ。

まあ、あくまでもそういう言質が取れたらですし、仮に取れてもお嬢様としては品が悪いので、お勧めはしませんわ。というより、最悪、経緯はどうあれ名誉毀損で訴えられかねませんし、やってはいけませんわよ。ーーええ、「お勧めしない」ではなくて「やるな」にしておきますわ。わたくしも犯罪教唆と言われたくありませんわ。危ないですわ。

 

上品なネット議論お嬢様として、定義を正しく使いこなし、一流を目指して頑張りましてよ!